病院という言葉は幕末から

江戸時代後期から幕末には蘭学が盛んになり、解体新書などの蘭方医が活躍していました。それでも江戸から離れた九州で行われていたこともあり、西日本から東日本へと戦場が移動していった幕末の戊辰戦争において、京都・大阪・横浜には傷病兵を収容する病院が設立されていきました。このころには病院という単語が生まれていたといいます。

診療所明治政府が設立されると、欧米の列強と近代国家としての足並みをそろえるために、あらゆる改革がなされていきました。明治新政府が1868年、医療として西洋医学を全面的に採用するとした西洋医術許可の布告を出し、それて以降の1874年には医師を免許制とする制度が導入され、2年後の1876年には新たに医師免許を受けようとするものには、洋方六科試験の合格が必要となることが内務省から通達されています。従来の漢方医を志す医師も西洋医学を学ぶことが必須とされるようになりました

また、ここから医師を育てる医学校も設立していき、日本の医療は浸透していくことになっていきます。明治政府によって全面的に取り入れられてから診療所がつくられ、その後、診療所が個人経営で大きくなり、私立の病院が全国に設立されていきました。現在の日本の病院は病床数が20床以上の医療施設と定義されています。それ以下は診療所となっています。全国にはあらゆるタイプの病院が存在していますが、明治以降各地域の実情に合わせて民間の力で医療施設が作られてきた証といえます。

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